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ところで、『大言海』(『言海』の増補改訂版)によると、ドングリは橡栗の音便訛だといいます。 以下を紹介すると.「古名はツルバミ。 轢の実、形円く尖りてひとつみの栗の如し。 熟すれば黄褐色にして大さ六七分あり、実の本に椋あって実の半を包む。 古は此殻を煮て染料とし、つるぱみ色といヘリ…」。 もちろん、ドングリは染料だけでなく、縄文遺跡からよく出土するように_太古は食糧の大切な一部を形成していました。 その大半が炭水化物ということと、アク抜きが大変ということで、つい最近まで全くかえりみられることなく見過ごされてきましたが、最近の研究によると、アクの主成分であるタンニンやサボニンに、実は動脈硬化防止や抗衰老などの薬効のあることが知られてきました。 一見、原始的で野蛮に見えた古代食が、実は老」化防止の健康食品だったわけです。 それにつけても、樹木と私たちの生活が稀薄になってきている現在、「どんぐリコロコロどんぐり子、お池にはまってさあ大変、ドジョ ウが出て来てこんにちは……」の童謡も、いつしか消えてしまうのではないかと思うと、一抹の哀切を感じます。 長期間の航海は、新鮮な食料が欠乏するので、とりわけ危険なものであった。 当時は、まだ肉の鮮度を保つための実用的な方法がなかった。 船員たちの主要な食物である塩づけ牛肉や干だらは、ビタミンをほとんど含んでいなかった。 それで、数カ月もかかるような航海では、一〇〇人の魑員のうち四〇人から五〇人述壊血病でたおれたにちがいない。 そういうわけで、船は新鮮な肉を補給できる港をぜひとも必要とし、またそこでは新鮮な野菜や果物も補給された。 しかしビタミンの豊富な供給源であるジャガイモは、そのころまだ食用植物として知られていなかったことを心にとめておかなければならない。 カナリア諸島で最初に野生化したポルトガルのヤギとウサギ、またギニア海岸やアンゴラやモザンビークに船積みされたウシなぜは、肉の補給源としての役目をはたした。 オランダ人が東南アジアと貿易をはじめ、東インド諸島に向けて定期的に航海するようになると、かれらもまた新鮮な肉を補給する用意をした。 かれらはアフリカの南端に居留地を設けて、ウシやヒツジを飼った。 |