オーリナシャン期の齢増暦ちは、たがいにかなり離れて放浪の集団生活をしていたので、白分たち以外の種族の存在についてはほとんど気づいていなかった。 しかし、紀元前六〇〇〇年までには 地球上の合は約五〇〇万人に達していたにちがいない。 米の科学者ダ.ドで.スタンプぱ、一〇〇〇万人であった可能性さえあると考えている。 もし・狩猟にたよって生活していた同時代の未開人たちが、一人あたり七.七平方キロメートルの土地を必要としたとすると、食糧の供給源を新たに求めなければならなかったことはあきらかである。 それで、多くの地方で住民たちは、ヒツジ、ヤギ、牛や豚の子を育てるようになった。 おそらくトナカイも最初に家畜化された動物の一つだったであろう。 動物の子の生け捕り 糊増ぜちが、群れをなして草を食べているトナカイや牛のなかから、その子を捕らえることはほとんど不可能だったであろう。 なぜなら、野生の反錫動物は角を下にして敵に立ち向かい、断固として白分たちの子を守るからである。 そこで、人びとは草を食べている牛を追い払ってから、とり残された子牛を捕らえたにちがいない。 子を産む寸前の雌牛は早く逃げられないので、輪なわで捕らえ、引きずってくるか、または囲いのなかに追いこみ、だんだんに飼い馴らしたものと思われる。 家畜牛の先祖は、こんにちの牛と同じように、森のなかの安全な場所で子を産んだことであろう。 同じように、北欧州やアジアのツンドラのトナカイは、深い草むらに子をかくし、そのへんに敵がいないときにだけ乳をやりにいくのである。 |